人気ブログランキング |

<   2016年 07月 ( 3 )   > この月の画像一覧

あさかほ

あさかほ

http://www.omotesenke.jp/chanoyu/7_3_00a.html

宗易(千利休)、庭に牽牛花(あさがお)みごとにさきたるよし太閤へ申上る人あり、 さらば御覧せんとて、朝の茶の湯に渡御ありしに、朝顔庭に一枝もなし、もっとも無興におぼしめす、 さて、小座敷へ御入あれば、色あざやかなる一輪床にいけたり、
太閤をはじめ、召つれられし人々、目さむる心地し給い、はなはだ御褒美にあづかる、
この一文は『
茶話指月集』(藤村庸軒聞書 久須美疎安編)に見る世に有名な利休の「朝顔の茶の湯」と申し伝えるものです。

さらに江岑茶書には、
利休かいどう(海棠)の花御入候て、花は白きが能と被仰候、昼之茶の湯には白き花入申候様に致よき也、
とあります。

毎月、毎日、花所望(しょもう)の季節の花が手に入り、
それで創作生け花ができることが私の夢です。
勿論、「一日一花」のシンプルな形が好きだし、
それしか出来ない。

d0335577_09345785.jpg


by mantaiya | 2016-07-22 01:16 | Comments(0)

「私の國語教育」のカスタマー・レビューより

國語と日本語は違ふもの

投稿者安倍屋20131111

形式: 文庫


Amazonで購入

國語、國法、國史と日本語、國際法、日本史は違ふものですが、それは我國の國柄を基軸としてゐるかどうかといふ根本の違ひでせう。

この「私の國語敎室」は國語(仮名遣ひ)から我國の國柄(文化)を明らかにする名著であると思ひます。

明治期から燻つてゐた「國語改良(改惡・破壊)論者」がGHQ軍事占領下と云ふ我國の混乱(公職追放と共産主義者(文化破壊、革命思想)等政治犯の釈放)に乗じて「現代かなづかい」や「当用漢字」を制定しましたが、これは國語とは云へぬばかりか、日本語としても國語學とは無縁に、極めて政治的な都合から改惡されたものであり、そこには「合理性」も「論理性」もなく、甚だ「現實的」ではないものでしたが、占領體制下から戰後體制へと引き繼がれ今日でも學校で敎育され、世間一般にまかり通つてゐるのです。

余談かもしれませんが、この國語敎育の弊害は英語等の外國語敎育にも及んでゐると思ひます。

國語敎育(現代仮名遣い)の不徹底な表音(音韻)主義では、いくら英語敎育を施しても會話出来る英語は身に付かないでせう。

これは本来、語に従ふ仮名遣ひを無理やりに發音に従はせた矛盾を正当化した結果の、因果応報だと思ふのですが、國語も英語も一音一音の發音に拘泥する事になり、本来の「語」を傳へる事を置き去りにしてゐるからです。

確かに發音も大切でせうけれど、それが意志を傳へるといふ本来の目的に適はないなら本末転倒です。

實體験として「Thank you」と發音する際に「サンキュー」ではなく「タンキュー」と發音した方が断然、相手に意志が通じます。

英語が話せるやうにと幼い子供を英語漬けにする親もゐますが、英語圏で生活してゐる訣でもないのにこんな敎育をしてゐては自國の文化を十分に身に付ける事を阻碍してゐると思ひます。これは植民地や奴隷の特徴である事大主義といふもので文化とは眞逆のものです。

結果として英語が流暢に話せるやうになつても、話すべき内容の伴はない人間が出来上がるのではないでせうか。

いくらネイティブ・スピーカーと同じやうに話しても、空虚な根無し草が國際社會に於いてどう映るのか想像すると、それは植民地敎育を受けた「西洋人モドキ」としか見做されないのではないでせうか。

外國語敎育がどうあるべきかといふ根本に、自國の文化(國語)を身に付けた眞の國際人を育てるといふ基軸を持たねばなりません。

實例として「廣瀬武夫」中佐を挙げませう。彼はロシアへ調査に赴きロシア語を身に付け、その後は駐在武官となりましたが、社交界でも交友を持ちロシアの人達から尊敬を得ました。

これは彼のロシア語が巧みであつたからなのでせうか。さうではないでせう。

後に日露戰爭を戰つた相手(敵)からも、彼が尊敬されたのは彼自身の優秀さや勇気も勿論ですが、祖國の文化を身に付けた國際人、詰まり、日本人としての堂々たる態度があつてこそではないでせうか。

今日、私達日本人が海外からも評価され、信頼されるのは、これまで先人達が培つた實積が基にあるのです。

特に西洋列強に屈し植民地支配を受けてきた東洋の國々からは、自らの不利にも關はらず英米を相手に解放戰爭を戰ひ抜いた我國に対して賞賛の聲を戴けるのは、實に誇らしい事と思ひます。大東亜戰爭は自衛の爲でもありましたが、やはり感謝されるのは嬉しいですね。

このやうに海外に対する時も自國の文化をしつかりと身に付ける事が大切なのですから、況んや國内をや。

さうであるのに、文化の基本である國語も、規範である憲法も「なりすまし詐欺」の儘であれば、今日の不振は必然でせう。

これは私達自身の手で自らの國語(文化・國柄)を混乱させ破壊する愚行ですが、それを無視して私利私欲、賢しらをする腐れ儒者と姦吏(官吏)を糺し、今一度日本を洗濯する爲に、これらの事に無關心であつた多くの人々の目を覺ます責任が私達にはあると思ひます。

「現代仮名遣い」を支持する人達は狂信的ですが、怖れる事も難しい論争をする必要もありません。

この似非仮名遣いは仮名遣ひに非ずといふ事、既に本書でも徹底的に明らかにされてゐるのですから、私達の成すべき事は福田恆存先生や祖先の遺志を繼ぎ「真相はかうだ!」と國語の本来の在り方を確認し、先ずは實踐を通じて廣めて行けば良いと思ひます。

我國は現存する最古の傳統國家であり、海外でも日本文化が高く評価されてゐますが、單に古いからと云つて「傳統」とは云へず、また上澄みだけを掬つてもそこに醸された豊穣さも薫りも無ければ「文化」とは云へない筈です。


しき嶋の やまとごゝろを 人とはゞ 朝日にゝほふ 山ざくら花 ~本居宣長
















by mantaiya | 2016-07-18 13:43 | 思想 | Comments(0)

7月の店頭



もうすぐ七夕に因んで


d0335577_16242292.jpg
青竹、山帰来、虎の尾、利休草

d0335577_16445706.jpg

↑満天星躑躅(どうだんつつじ)、熊柳
d0335577_16281726.jpg
↑縞莞(しまふとい)、テッセン、満天星躑躅、レースフラワー、瑠璃玉アザミ、利休草






by mantaiya | 2016-07-04 16:24 | | Comments(0)