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カテゴリ:趣味( 53 )

辻村史朗展

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辻村史朗 展 内なる静謐(seihitsu)


静謐(せいひつ)
意味:静かで穏やかなこと




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史朗さんとお会いできるチャンスもあったのですが、
今回は諦めました

残念でなりません



























by mantaiya | 2020-04-05 08:57 | 趣味 | Comments(0)

般若心經(日下部鳴鶴)

古本で日下部鳴鶴の「般若心經」を見つけた


これほど美しい楷書は見たことがありません

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かう云ふ時こそ
仕事が終はつた後は
自宅の書齋でじつくりと
冩經をしようと思ふ


















by mantaiya | 2020-03-28 08:15 | 趣味 | Comments(0)

端渓硯 老坑 4.5寸 刻入天然硯

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端渓硯 老坑 4.5寸 刻入天然硯_d0335577_14345305.png

硯石サイズ:125× 82×18mm
全体サイズ:145×100×35mm

東京は神田神保町の清雅堂さんがお店を数年前に閉められることとなった。その時に東京に行く用事があって、店じまいセール最中の清雅堂さんに立ち寄り、仮名用の半紙を2箱(2,000枚)購入した。しかし、練習が追い付かずに仮名用の半紙が余っていることは前回に書き込んだ。その時は資金不足で購入できなかった憧れの「老坑の端渓硯」を今回、格安で大阪の業者から手に入れることができた。聞くところによると清雅堂さんがお店を辞められるので大阪の業者にも一部が流れて、私でも手の届く金額で購入できたのだ。ありがたいことだが、硯に負けぬよう努力したい。


















by mantaiya | 2020-03-17 14:35 | 趣味 | Comments(0)

日下部鳴鶴の楷書

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東京は神田の古本屋さんから
昭和10年發行の
日下部鳴鶴の本が郵送されました




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六朝の流れを汲む
こんな美しい楷書は見たことがありません!!
江戸時代から停滯してゐた
日本の書道界を復興させた第一人者です

「高貞碑」を書き上げたら
この本で鍛へ上げていくと云ふ
計劃が出來ました

書の先生に相談してみます

自分の好きなスタンスを決める
それに自分を合はせていく


服部青軒先生が云はれました
書の基礎を學ぶには
この日下部鳴鶴先生の字が
最高なのだから
迷はずに附いてきなさいと












by mantaiya | 2020-03-11 10:02 | 趣味 | Comments(0)

書でも繰り返しの重要性

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高野切第一種の学習


           仲田 幹一


「古典を学べ」とは、今まで常識的になっているが、それは吾々が学ぶべき多くの美的要素をそなえているからであって、良いものは古筆に限らず学んで自らを育てねばならないのは言うまでもない。しかしその多くは一応臨書してみた、という程度の学習で終わっているようである。いわゆる身につくまで叩き込んでいる人は極めて少数のように見受ける。というのは現代はあまりにも多くの古筆の名蹟が出版されているので、あれも習いたいこれも習わねばと次から次へと追っかけられるように見せつけられ又簡単に入手も出来る時代になったからでもあろう。従って現代では短期間に何でも学習出来るという恵まれた時代であるがために一つのものに徹し切れないのではないか。要するに年期をかけて物にする余裕と根気を持たせてくれない、先をのみ急がせる時代のように思われてならない。これは書道のみならず他のすべてのことについても言い得ると思う戦後の風潮かも知れない。環境に恵まれると努力とか根気が無くなるようにあまりに手軽に名筆の複製が入手出来るようになると目の保養は出来ても手の方はとかく目に追従しかねるし、一面指導者の中には結論のみを説き、それに至るまでの修練の尊さを侮蔑するような言辞を弄する人や、又何らの実作をも示さず、かくあるべきだと雲を掴むようなことを断言する人もあって、結局は言葉や作文では何とでも表現出来ても実作の新鮮でぐんと勝れたものを見せることは極めて困難なことを実証したものである。学習も徹し切ると平凡化する。その時初めて潜んでいた自己の本当のものが躍動を開始する。これまでの長い間の学習が跳躍台となるのがこの時である。高野切第一種を学ぶにしても一度や二度の臨書では跳躍台とはならないであろう。























by mantaiya | 2020-03-03 21:00 | 趣味 | Comments(0)

やり直しの書

前回の書の多くがやり直しを命じられた

「書譜」のやり直し↓

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↓集字聖教序

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「高野切第一種」↑


まだ提出前であるが、何とか合格を頂きたい















by mantaiya | 2020-02-29 21:51 | 趣味 | Comments(0)

「み」と「む」の連綿


美しいと思つたので書いてみる


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by mantaiya | 2020-02-29 08:44 | 趣味 | Comments(0)

あいうえお

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by mantaiya | 2020-02-28 18:31 | 趣味 | Comments(0)

高野切第一種 p.28 / p.29

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↑一番最後の行に注目して下さい
古今和歌集 406
あまのはら ふりさけみればかすがなる


↑日本名筆選1
高野切第一種
伝 紀貫之
二玄社
p.28




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最初の行を書き写します↓
みかさのやまに いでしつきかも

↑日本名筆選1
高野切第一種
伝 紀貫之
二玄社
p.29


段々と仮名が下手になってきている
こういうスランプが来ると
今までならば、嫌になって辞めてしまった
ここが踏ん張りどころです


仮名の半紙が2,000枚あるとは前にも述べた
これを使い切るには1日3枚は絶対に書かないと
2年では終わらない
しかし、私の気力では1日に2枚しか書けない
しかも毎日は出来ない
・・・このままでは10年ぐらい掛る
これはどうしても嫌である
何とかして2,000枚を使い切る工夫を考えたい
仕事以外は仮名に没頭するとか・・
仮名の半紙を半分以上、捨てるのは勿体無いです






























by mantaiya | 2020-02-26 08:02 | 趣味 | Comments(0)

書譜


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「書譜」は代表的な草書の手本である。日下部鳴鶴の時に草書は上手いと先生に言われた。今、楷書・行書・草書と書いているが、自分でも草書と行書は何とか書ける気がする。問題は楷書だ!北魏の高貞碑を選んだが全く歯が立たない。打ちのめされました。こんなに楷書が難しいとは思わなかった。

 そういえば昔、広明町の服部青軒先生という今は亡き書道家に習っていました。私は入って間もない時だったので、半紙四文字から楷書で始めるが・・半年もすると周りが行書や草書の書いた半紙を先生に提出しているのに自分だけが楷書を見ていただくのが恥ずかしくて行書に進むことをお願いしました。すると物静かな青軒先生がポツリと「楷書が一番難しいんだよ」と仰いました。その言葉が今でも忘れられません。それ以来、楷書は10年間書き続けました。もちろん、楷書だけ書いていると飽きてくるから並行して行書や草書も書きました。

今、楷書のスランプに陥りました。楷書作品は、恥ずかしくてお見せできません。楷書を半紙六文字に納得する字が全く書けないのです





























by mantaiya | 2020-02-26 07:59 | 趣味 | Comments(0)