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カテゴリ:思想( 17 )

私の國語教室

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Amazon カスタマー・レビューより


https://www.amazon.co.jp/product-reviews/4167258064/ref=cm_cr_getr_d_paging_btm_1?ie=UTF8&showViewpoints=1&sortBy=recent&pageNumber=1



いわゆる戦後教育で育ったものとしては驚くべき内容が書かれています。本当は今すぐにでも歴史的仮名遣や正漢字を使ってこの文章を書きたいのですが、全くと言ってよいほど経験がないので、現代かなづかいと常用漢字で書きます。


2013年11月に投稿されているレビュー(投稿者:安倍屋さん)は私が強く伝えたいと思っていることが見事に記載されていましたので、ぜひそちらも参考にしていただけるとよいかと思います。


私はあまり器用でなく、学校で疑問に思ったことや引っかかったことがあるとそれをほっとけない人間でした。そのため学校を修了(最終的に大学院で博士号を取得)してからも、もやもやをいろいろと抱えた大人になりました。その突破口となったのが、現在の日本を考えるうえで、150年の時間軸を捉えて、すなわち江戸時代幕末から現在に至る道程を知り、理解していくことでした。


現在の教育で大変不満な点は、なぜそうするのか、その説明や経緯(歴史も含めて)をほとんど教えてくれないことです。それができない理由は、説明が大変なのではなく(もしそうだとすれば、大学で多くの謎が解けていたはずです)、上記したように欧米文明と対峙することになり始めた約150年前からの合理的には説明しづらい様々な出来事、つまり不合理で錯綜に満ちた出来事によって生じてきてしまっていることが多いためであると感じています。


国の根幹に係わる日本国憲法がどのように作られていったのかを知った時の衝撃は大変大きかったのですが、同様に国語も国の根幹に係わる重大事項でありながら、現代かなづかいや当用漢字の制定理由の裏に漢字廃止の魂胆があったとは驚きです。一体全体こういうことを企てた人たちは日本人なのでしょうか。千年以上続いてきた文化や伝統をいとも簡単に改変(もっと言えば破壊)しようとするその使命や自信はどこから来るのでしょうか。いや、そんなものは無かったのです。追記以降に詳述されているように、気づいていないだけだったのです。


今後は歴史的仮名遣や正漢字を大切にしていくと心に決めました。


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2013年11月に投稿されているレビュー(投稿者:安倍屋さん)



國語と日本語は違ふもの

投稿者安倍屋20131111


形式: 文庫


Amazonで購入

國語、國法、國史と日本語、國際法、日本史は違ふものですが、それは我國の國柄を基軸としてゐるかどうかといふ根本の違ひでせう。

この「私の國語敎室」は國語(仮名遣ひ)から我國の國柄(文化)を明らかにする名著であると思ひます。


明治期から燻つてゐた「國語改良(改惡・破壊)論者」がGHQ軍事占領下と云ふ我國の混乱(公職追放と共産主義者(文化破壊、革命思想)等政治犯の釈放)に乗じて「現代かなづかい」や「当用漢字」を制定しましたが、これは國語とは云へぬばかりか、日本語としても國語學とは無縁に、極めて政治的な都合から改惡されたものであり、そこには「合理性」も「論理性」もなく、甚だ「現實的」ではないものでしたが、占領體制下から戰後體制へと引き繼がれ今日でも學校で敎育され、世間一般にまかり通つてゐるのです。


余談かもしれませんが、この國語敎育の弊害は英語等の外國語敎育にも及んでゐると思ひます。

國語敎育(現代仮名遣い)の不徹底な表音(音韻)主義では、いくら英語敎育を施しても會話出来る英語は身に付かないでせう。

これは本来、語に従ふ仮名遣ひを無理やりに發音に従はせた矛盾を正当化した結果の、因果応報だと思ふのですが、國語も英語も一音一音の發音に拘泥する事になり、本来の「語」を傳へる事を置き去りにしてゐるからです。


確かに發音も大切でせうけれど、それが意志を傳へるといふ本来の目的に適はないなら本末転倒です。

實體験として「Thank you」と發音する際に「サンキュー」ではなく「タンキュー」と發音した方が断然、相手に意志が通じます。


英語が話せるやうにと幼い子供を英語漬けにする親もゐますが、英語圏で生活してゐる訣でもないのにこんな敎育をしてゐては自國の文化を十分に身に付ける事を阻碍してゐると思ひます。これは植民地や奴隷の特徴である事大主義といふもので文化とは眞逆のものです。


結果として英語が流暢に話せるやうになつても、話すべき内容の伴はない人間が出来上がるのではないでせうか。

いくらネイティブ・スピーカーと同じやうに話しても、空虚な根無し草が國際社會に於いてどう映るのか想像すると、それは植民地敎育を受けた「西洋人モドキ」としか見做されないのではないでせうか。


外國語敎育がどうあるべきかといふ根本に、自國の文化(國語)を身に付けた眞の國際人を育てるといふ基軸を持たねばなりません。

實例として「廣瀬武夫」中佐を挙げませう。彼はロシアへ調査に赴きロシア語を身に付け、その後は駐在武官となりましたが、社交界でも交友を持ちロシアの人達から尊敬を得ました。


これは彼のロシア語が巧みであつたからなのでせうか。さうではないでせう。

後に日露戰爭を戰つた相手(敵)からも、彼が尊敬されたのは彼自身の優秀さや勇気も勿論ですが、祖國の文化を身に付けた國際人、詰まり、日本人としての堂々たる態度があつてこそではないでせうか。


今日、私達日本人が海外からも評価され、信頼されるのは、これまで先人達が培つた實積が基にあるのです。

特に西洋列強に屈し植民地支配を受けてきた東洋の國々からは、自らの不利にも關はらず英米を相手に解放戰爭を戰ひ抜いた我國に対して賞賛の聲を戴けるのは、實に誇らしい事と思ひます。大東亜戰爭は自衛の爲でもありましたが、やはり感謝されるのは嬉しいですね。


このやうに海外に対する時も自國の文化をしつかりと身に付ける事が大切なのですから、況んや國内をや。

さうであるのに、文化の基本である國語も、規範である憲法も「なりすまし詐欺」の儘であれば、今日の不振は必然でせう。


これは私達自身の手で自らの國語(文化・國柄)を混乱させ破壊する愚行ですが、それを無視して私利私欲、賢しらをする腐れ儒者と姦吏(官吏)を糺し、今一度日本を洗濯する爲に、これらの事に無關心であつた多くの人々の目を覺ます責任が私達にはあると思ひます。


「現代仮名遣い」を支持する人達は狂信的ですが、怖れる事も難しい論争をする必要もありません。

この似非仮名遣いは仮名遣ひに非ずといふ事、既に本書でも徹底的に明らかにされてゐるのですから、私達の成すべき事は福田恆存先生や祖先の遺志を繼ぎ「真相はかうだ!」と國語の本来の在り方を確認し、先ずは實踐を通じて廣めて行けば良いと思ひます。


我國は現存する最古の傳統國家であり、海外でも日本文化が高く評価されてゐますが、單に古いからと云つて「傳統」とは云へず、また上澄みだけを掬つてもそこに醸された豊穣さも薫りも無ければ「文化」とは云へない筈です。



しき嶋の やまとごゝろを 人とはゞ 朝日にゝほふ 山ざくら花 ~本居宣長





(私見)先日、NHKで幼兒虐待の現場を放映してゐたが、あまりにも切實で最後まで見ることができなかつた。虐待された幼兒の入所先が見つからないやうだが、收容先の確保よりも虐待しない母親を敎育する必要があるのではないか。戰前は今よりも貧乏で子澤山でも虐待といふことは皆無に近かつた。マスコミは戰前の方が良かつたことを全く放映しない。これは道德敎育が無視された現狀の敎育の缺點を隱蔽してゐると思ふ。











by mantaiya | 2020-02-06 19:34 | 思想 | Comments(0)

池田 俊二氏のご意見

本質をついた御指摘ですね。


福田・萩野兩先生が問題にしてをられるのは、

漢字音の書き方ではなく、仰せのやうな、本來

の日本語の表記です。

「言ふ」(歴史的かなづかひ)と「言う(現代

かなづかい)」では、どちらが合理的で、正

統かといふことです。

前者だと、未然「言」、連用「言」、終止

「言」、連體「言」、已然「言」、命令

「言」と、ハ行で一貫してゐますね

「言う」(現代かなづかい)では、未然「言」、

連用「言」、終止「言」、連體「言」、已

然「言」、命令「言」と、ワ行とア行の間を

行つたり來たりしますね。同じ語が活用により、

かく變るとは、原理上あり得ないことです。

「表記は語に隨ふべし。音に隨ふべからず」といふ

鐵則に反してゐるからです。


あるいは「書く」といふ4段活用動詞に意志の助

動詞「う」を接續させる際、どう書くか。歴史的

かなづかひでは「書かう」、現代かなづかいでは

「書こう」です。前者の「書か」は「書かない」

の「書か」と同じく、未然形です。しかし「書こ」

などといふ日本語はあり得ません。隨つてはいけ

ない音に隨ふから、このやうな珍現象が起こるので

す。


私は54年前に福田恆存の『私の國語教室』が世

に出ると同時に歴史的假名遣に轉向しました。

そして、10年くらゐ前にパソコンを始め、間も

なく、垣野さんと同樣契冲を採用しました。

しかし、未熟な私が契冲で書いたものは、どういふ

わけか、コメント欄には送れません。ですから、4

のごとく、普通のマイクロソフトによりました。い

ま初めて契冲によつたものを、愚妻に頼んで、怒ら

れなながら、「貼附け」とやらにより送ります。う

まくゆきますやうに!



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【私からのコメント】

西尾幹二先生のBlogでわたしの意見に対しての
池田 俊二氏のご返信を記載させていただきました

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池田 俊二氏のご意見_d0335577_19362147.png
池田俊二氏は
「日本語を知らない俳人たち」という本も執筆された
国文法のスペシャリストです。
















by mantaiya | 2020-02-06 19:33 | 思想 | Comments(0)

「稲妻」の読み方は、「いなづま」または「いなずま」どちらですか?


「稲妻」の読み方は、「いなづま」または「いなずま」どちらですか?_d0335577_07111130.jpg




パソコンで「いなづま」と檢索すると漢字變換できない。

「いなずま」と表音主義にして變換しないとできないのは

小學校から日本人に誤つた言語を刷り込ませた

GHQのPropagandaの勝利である。



知恵袋には、

2007/7/2519:35:24

「稲妻」の読み方は、「いなづま」または「いなずま」どちらですか?

補足皆様ありがとうございます。

ご回答のとおり「いなづま」と変換したら、どうしても「稲妻」とは一発で変換できず、「いなずま」で一発変換すると出来ますが、これはどうなのでしょうか?・・・

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編集あり2007/7/2521:54:42

戦前は「いなづま」。戦争に負けて「いなずま」になりました。
と云うのも、日本を占領したアメリカ軍から
日本語はややこしい、もっと単純にしろと命令があったからです。

他にも例えば「つまずく」。
爪+突く=つまづく だったのですが
「つまずく」に変更させられてしまいました。
「親父」だって「おや」+「ちち」だから「おやぢ」だったのです。もともとは。
悲しいかな戦争に負けるとはこういうことなのです。文化の消滅。
下手をするといまごろ我々はローマ字を使っていたかもしれませんよ。
アメリカ教育使節団報告書』
http://www.weblio.jp/content/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E...
これを決めたお役人の言い分をあえて云うなら
「いなずま」は「稲の妻」ではなく、それだけで一語だからという屁理屈だそうです。
ところで「許婚」は戦前は「言い名付け」と書きました。
これは「いいなずけ」だと思いますか?それとも「いいなづけ」でしょうか?



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https://mainichi-kotoba.jp/blog-20140222


今の学校教育では稲妻は「いなずま」と表記し、人妻は「ひとづま」と表記するのが正しいという教えです。
これは戦後、GHQが日本語まで口出しして、
正しい戦前の日本語を破棄させててしまった弊害が出ている現状を表しているのではないだろうか。
マスコミはTVや電車内の広告を使い英会話を学ばせることをトレンドだと洗脳していますが、
日本の小学生には百人一首を暗誦させるべきで
英語の勉強は読むことを重点的に中学校からで十分なのです。

by mantaiya | 2020-02-05 09:07 | 思想 | Comments(0)

紅旗征戎、吾が事に非ず  (藤原定家『明月記』)

紅旗征戎かうきせいじゆう、吾が事に非ず


「紅旗征戎吾事に非ず」の真意とは

藤原定家の言葉として有名なこの言葉、初めて知る者としては
世の中がどれほど戦乱で修羅の巷となろうが、
我関せずで詩歌に逃避する、という意味に捉えがちである。

定家は決して聖者ではない。時の権力者に迎合して宮廷社会を生き抜いた
したたかな面もある人物である。
だが源平合戦の折に明月記に記されたほかにも、承久の乱の折に
別の書にも記されているこの言葉を通じて
長く仰がれているその人徳を偲ぶことが出来る。

定家は言う、「火、崑崗(こんかうに燃ゆれば、玉石倶に焚く」と。

戦火が一度上がれば、善人も悪人も共に焼き尽くすのだ。
そして「老臣」はただ泣く、と
。時代を透徹した目で見据えた
当時の日本で最高級の教養人であった定家は、
天下の父母として民に仁慈を垂れるべき後鳥羽上皇と順徳上皇が起こされた
この戦乱を憂い悲しまざるを得なかった。














by mantaiya | 2019-12-10 23:46 | 思想 | Comments(0)

英靈の聲



英靈の聲_d0335577_21214304.jpg



當用漢字・現代假名遣ひなのでガックリです。

三島由紀夫の原本は舊漢字・舊假名遣ひのはずです。

勝手に出版社が變へたのです。

これなら文庫本で十分だ


『三島由紀夫全集17卷』〈第8回配本〉(新潮社、1973年12月25日)

•背革紙繼ぎ裝。貼函。帶。四六判。全637頁。舊字・舊假名遣ひ。


第17巻 小説 17 1973.12.25

 

剣……………………………………………… 7

絹と明察………………………………………71

月澹荘綺譚………………………………… 365

三熊野詣…………………………………… 393

孔雀………………………………………… 455

朝の純愛…………………………………… 481

仲間………………………………………… 505

英霊の声…………………………………… 513

荒野より…………………………………… 567

時計………………………………………… 589

蘭陵王……………………………………… 613

*解題島崎博,田中美代子〔文責〕 …… 627

*校訂島崎博,田中美代子〔文責〕 …… 631


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↑やはり、「限定版」でないと三島自身が書いた原文は再現できない。



英靈の聲



「・・・・・今、四海必ずしも波穩やかならねど

日の本のやまとの國は

鼓腹擊壤(こふくげきじやう)の世をば現じ

御仁德の下(もと)、平和は世にみちみち

人ら太平のゆるき微笑みに顏見交はし

利害は錯綜し、敵味方も相結び、

外國(とつくに)の金錢は人らを走らせ

もはや戰ひを欲せざる者は卑怯をも愛し、

邪まなる戰(いくさ)のみ陰(いん)にはびこり

夫婦朋友をも信ずる能はず

いつはりの人閒主義をたつきの糧となし

僞善の團欒は世をおほひ

力は貶(へん)せられ、肉は蔑(なみ)され、

若人は咽喉元をしめつけられつゝ

怠惰と麻藥と鬪爭に

かつまた望みなき少志の道へ

羊のごとく步みを揃へ、

快樂もその實を失ひ、信義もその力を喪い、

魂は悉く腐蝕せられ年老いたる者は卑しき自己肯定と保全をば、

道德の名の下に天下にひろげ

眞實はおほひかくされ、眞情は病み、

道ゆく人の足は希望に躍ることかつてなく

なべてに癡呆の笑ひは浸潤し

魂の死は行人の額に透かし見られ、

よろこびも悲しみも須臾(しゅゆ)にして去り

淸純は商はれ、淫蕩は衰へ、

ただ金(かね)よ金よと思ひめぐらせば

人の値打は金よりも卑しくなりゆき、

世に背く者は背く者の流派に、

生(なま)かしこげの安住の宿りを營み、

世に時めく者は自己滿足の

いぎたなき鼻孔をふくらませ、


ふたたび衰へたる美は天下を風靡し

陋劣(ろうれつ)なる眞實のみ眞實と呼ばれ、

車は蕃殖し、愚かしき速度は魂を寸斷し、

大ビルは建てども大義は崩潰し

その窻々は欲求不滿の螢光燈に輝き渡り、

朝な朝な昇る日はスモッグに曇り

感情は鈍磨し、銳角は磨滅し、

烈しきもの、雄々しき魂は地を拂ふ。

血潮はことごとく汚れて平和に澱(よど)み

ほとばしる淸き血潮は涸れ果てぬ。

天翔けるものは翼を折られ

不朽の榮光をば白蟻どもは嘲笑(あざわら)う。

かかる日に、

などてすめろぎは人閒(ひと)となりたまひし」


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三島由紀夫は

いまの時世を豫言したかのやうに思へてなりません

日本語がこれほどまでに格調高いものであつたかと

改めて感銘いたしました

戰前の教育を受けた三島由紀夫の文章力・・

文語文を自在に操り、内容も深い

いまの我々にこれほどの日本語が書けるでせうか

日本語すら未熟な小學生に

英會話を學ばせてはなりません

まづやることは母國語を深く學ぶこと





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↓以下、Amazonのカスタマー・レビューより


『英霊の声』『憂国』は、私自身何回読んだか知れません。

おそらく100回以上は読んでおり、2編とも、読むだけじゃ気がすまないので、携帯のメールに一章々々保存して持ち歩いています(笑)


『憂国』は、三島が自らそう言っているように、もし忙しい人が、

三島文学のいい所も悪いところも凝縮された作品を読むのに一番最適です。

死と官能、純潔と美が、まったく無駄のない簡潔な文章で描かれています。

これぞ三島美学の代表作といえます。


一方『英霊の声』はすさまじい作品です。

私はこれを読んだとき、ほとんど詩に近い美しいリズムと、鬼気迫る内容に狂喜しました。

内容は、天皇に裏切られた皇軍の激しい呪詛という恐ろしいものですが、しかし文章が本当に美しい。美しすぎます。

これほど完璧に、言葉を歌のようなリズムで物語る小説はほかにありません。


日本人なら三島作品は一家に一冊は置きたいものです。



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三島由紀夫というと単純に「右翼」、「保守反動」、「天皇制讃美者」というイメージがありましたが、本書を読んで、逆の意味でこれほど凄い天皇批判の書はないと感じました。三島自身が皇室を敬愛していたことは事実です。しかし、彼は天皇制の持つ神話的虚構性を知った上で、その物語を遂行して行くことが天皇の責任であると信じていたのです。天皇には、個人の意思を越えて、皇国日本の「神」として役割を担って行く「責任と義務」があったのです。けれども、昭和天皇は「人間宣言」することによって、その責任を放棄しました。昭和天皇は殉教の死を回避してしまったのです。これは「天皇制・皇国日本」という神話的物語の継続にとって致命的です。物語の主人公たる昭和天皇自身によって、物語が否定されてしまったのですから・・・。つまり物語の虚構性を明らかにしたのは、GHQではなく、まさに昭和天皇自身だったのです。物語に殉じて死んでいった英霊は、この時点で消滅したのです。


しかし物語の虚構性が明らかになってしまったにも関わらず、戦後もある意味でその物語が続けられています。しかし、三島にとってそれは耐えられない茶番であったのではないでしょうか。だからこそ彼は死を持って、神話的物語としての意味を失った天皇制という茶番劇の終わりを、世に示したのではないか。そして、本書はまさにそのことを強く訴える三島由紀夫の怨念のようなものを感じる書であります。


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by mantaiya | 2019-08-15 21:16 | 思想 | Comments(0)

服装について  (若きサムライのための精神講話 )


服装について


 インドに行つた人は、インド人たちがまだぐわんこにサリーを着てゐるのを見ることができる。サリーは實に美しい。サリーを着た女性が、豪華なホテルのロビーにあらはれる姿を見ると、ギリシャの高級な娼婦ヘタイラの、宴會にあはられる姿はこのやうであつたと、その優雅に驚くことがある。外國人の目にはすべて民族的な衣装は美しい。しかし、美しいのと、便利とは別である。インド航空でいつも驚くのは、スチュワーデスがサリーを着てゐることである。もしあれで事故でも起きたときには、どうするつもりだらうか。サリーは足にまとはりつき、死なないでもよいものを死ぬことになるかもしれない。日本航空で、スチュワーデスが振袖を着てゐるときに感ずる危惧以上のものを、われわれは、インド航空のサリーに感じなければならない。しかし飛行機會社が乗客にそのやうな危機感を抱かせることをもつて、彼女たちの美しさをいよいよ引き立ててゐるとすれば、これもまた憎い計算ではある。


 日本人は、わりに便利といふことに弱い國民である。明治時代の西洋崇拜から、日本人は不便の故を以て傳統的な服装を放棄することに、何らの躊躇を感じなかつた。


 戦後、ことに一時期は、戦争で着物がすつかり焼かれてしまつたことがあつて、男も女も着物姿を見ることが、まれになつた。それが最近になつて、男の着物すら復活してきた。ただ、それは新しいファッションとして、新たにエキゾチックな興味で取り入れられた傾きがあり、もはや昔のやうな、足が地についた古來の風俗としての着物ではなかつた。お正月にお年始に囘る女性たちが、どれもこれも同じ白つぽい和服に、どれもこれも同じ白い化繊のショールを卷くやうになつた。そして着物の着方自軆も、女が一人で着物を着るといふ教養は忘れられ、だれかの手助けをかりなくては、着物ひとつ着られないやうになつた。男もまた着物を着るといふことの、自然な風俗的な親しみは忘れられて、いかにも時代に反抗し、あるひは時代に先がけるやうな、いはばわざとらしい態度で着物を着てゐるのである。ごく一部の特殊な職業人、お茶や、能樂關係や、歌舞伎關係の人たちの着物風俗だけが、一種の特殊な職業のユニホームとして、身についたものになつてゐる。帶の締め方ひとつにしても、素人が締めるとたちまちにゆるんでしまふのが、玄人は苦しくなくゆるゆると締めながら、どんなに運動しても、帶が解けてくることはない。


 服装のほんたうの樂しみは、自由自在に勝手氣ままなものを、好きな場合に着て歩くことではないといふことを、人々は經濟状態の落着きと社會の安定とともに、徐々に學んできたやうに思はれる。これを最も端的にあらはすのが、軍人の軍服であるが、それと同時にタキシードひとつでも、それを着なければならないといふことから着ることに、まづその着方の巧拙、あるひは着こなしの上手下手があらはれる。


 現在ピッピー族が、すべての風俗を遊びに還元し、あらゆるファッションを自由自在な、どんな權威や規制や習慣にも捉はれないものにしてしまつたのは、私はひとつにはツーリズムの影響と、それによる國際交流と、各國間のエキゾティシズムが平均化されたことに關係があると思ふ。われわれは、インドのサリーを銀座の街頭で着てゐる日本女性に會つても、もはや驚かないやうになつた。そしてさういふ傳統も歴史もないところの、自由自在に採擇された風俗が、何らの驚きも與へない時代が來てみると、あらためて服裝といふものは、ひとつの社會的強制の中でのみ意味をもつてゐるといふことに、氣がついてくるのである。





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學生時代に下宿先にてこの一文を讀み、

便利さゆゑに市中では洋服姿の女性達で溢れてゐますが、

振袖姿の女性がなぜ美しいのか・・

といふ答へを三島由紀夫に教へて頂いたやうで私の精神的支柱となつてゐます。




(若きサムライのための精神講話 /

三島由紀夫全集【限定版】第33巻 p.338より)


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天金とは、天小口に金箔が貼られたもの























by mantaiya | 2019-07-20 07:39 | 思想 | Comments(0)

de facto standard

「歴史的仮名遣は明治政府の創作」つて本当?

 皆さんは学校で「仮名文字」や「歴史的仮名遣」の起源について学んだ事でせう。どちらも平安時代の書き方が起源、として習ふ事が多いと思ひます。そして清少納言のやうな平安文学も「歴史的仮名遣」だ、と習つたかもしれません。(もちろん、「歴史的仮名遣」といふ言葉が登場したのは近代になつてからですが、その名前の付く前から同じやうな仮名遣の体系があつたといふ意味です)
 しかし大人の社会では、学校で習ふそんな「常識は間違ひ」で、「歴史的仮名遣は明治政府が創作したもの」であるかのやうに説明する人もゐます。さういふ人の説明によると「歴史的仮名遣とは明治時代以降の仮名遣を指し、江戸時代とか平安時代の仮名遣など、それ以前のものに対しては呼ばない」のださうです。それだけならまだしも、「明治時代より以前は誰々の仮名遣、誰々の仮名遣、といつた別々の仮名遣の体系がバラバラにあつて統一されず、皆思ひ思ひに書いてゐた」といふのです。
 しかし、私はその考へには疑問を抱いてゐます。そして、「正かなづかひ 理論と實踐(じつせん)」に、以下の内容のペーパーを添附しました。

歴史的仮名遣の同人誌」創刊!
 今回の新刊「正かなづかひ 理論と實踐(じつせん)」は、全ページ歴史的仮名遣といふ、何ともすごい同人誌です。
 歴史的仮名遣といふと「古典文学」を想像する人が多いでせう。そして戦前の国語表記の話となると、何故か、所謂(いはゆる)「旧字体」の話ばかりで、「仮名遣」の話は置いてきぼりになる事が多いものです。そこで、今回は敢へて「現代文の歴史的仮名遣」にスポットを当ててみました。
 「当用漢字」「現代かなづかい」に始まる、戦後の国語改革を支持する権威者たちは、国語の歴史を分断しようとしてきました。なるほど、「歴史的仮名遣」は滅んではゐません。しかし、古典文学といふ「居住区」に「隔離」して、云はば「生殺し」にしてきたのです。我々の時代の言葉も歴史的仮名遣で書けるのだといふ事は、忘れられさうになつてゐます。加へて、仮名遣はあたかも国家権力や肩書きのある者しか定められないやうにみなし、約千年間「仮名遣の暗黙の決まりごと(デファクト・スタンダード)」を模索したり守つてきた先人達の努力を無視し、歴史的仮名遣は明治政府が決めたもので、たつた百数十年の歴史しかなく、それ以前は仮名遣は混乱してゐた」とさへ主張する人もゐます(その割に平仮名は変体仮名廃止の明治でなく平安時代生れと言ふ)。
 残念ながら、歴史的仮名遣が国家標準の正書法として復興する事は、今のところ難しいでせう。一般的な誤解と異なり、平和的な右派政治団体も、暴力的な所謂(いはゆる)「右翼」も、正字正かな(所謂(いはゆる)旧字旧かな)の復権に組織として取り組む所はまづ有りませんし、ある右派雑誌さへ「旧字体」での投稿を迷惑がつたりと、国語問題では一寸(ちよつと)頼りなささうです。
 ですから、政治的運動で我が国の国語を改革する事を目指す代りに、まづ個人的・民間レヴェルで歴史的仮名遣の伝統を守ることは出来ないかと考へました。特定の政治思想を宣伝するのではなく、むしろ思想的背景や、国語に関する意見さへ細かい部分で異なる様々な人が、この同人誌に集まりました。是非ともお読みいたゞければ幸ひです。

 大抵の言語の書き言葉は、当初は発音を書き写すだけであつても、年を経ると、次第に、話し言葉と違った独特の規則が出来上がつてきます。英語やフランス語等の綴りを見ても、全くの発音記号的ではなく、同じ発音でも意味によって綴りが違つたり、文法規則に沿つた綴りだつたり、綴りに昔の発音の名残があつたりといつた具合です。
 それは日本語も同じことで、「必ずしも発音通りではなく、文法規則や言葉の意味によって仮名を選ぶ」「昔の文献を書き言葉の規則の手本とする」といった暗黙の諒解、「不文律」が、日本語を書く人々の間で自然に生まれていつた、といふのが実態に近いのではないか、そして、その「不文律」を明文化してまとめたのが、藤原定家や契沖や明治政府ではないか、といふのが私の考へです。実際、藤原定家も契沖も明治政府も、「仮名遣を一から創造した」のではなく、古来から実際にあつた仮名遣の用例などを元に、法則をまとめたに過ぎません。その「まとめる」にも、仮名遣が「完全に混乱」してゐたのなら、きつと定家や契沖ですら匙を投げてゐたでせうが、幸ひ、そんなことはありませんでした。また、定家仮名遣と契沖仮名遣が違ふといつてもごく細かな部分の問題ですし、「発音だけではなく文法規則や言葉の意味によつて仮名を選ぶ」といふ大原則はそもそも同じです。
 あたかも「藤原定家と契沖と明治政府の仮名遣は全くの別物」であるかのやうに完全に分けて扱つたり、「江戸時代に誤つた仮名遣で書く人も少くなかつた」事自体は事実にしろ、それを針小棒大に騒ぎ立てるのは、「歴史的仮名遣には長い歴史などなくて混乱してゐた」かのやうに見せかけて、仮名遣の歴史を「分断」してゐるやうに見えます。これは「歴史的に見ても混乱してゐた歴史的仮名遣は捨てるべきもので、その混乱を収めるのは、現代の発音に合せた表音的仮名遣だ」といふプロパガンダではないかと思ふのは私だけでせうか。
 加へて、世間では歴史的仮名遣は抑圧の象徴、現代かなづかいは自由の象徴であるかのやうに語る人もゐますが、実際には逆ではないでせうか。歴史的仮名遣は多くの人の手により千年以上掛かつて釀成された「デファクト・スタンダード」ですが、現代かなづかいは事の起こりからして「公権力が一方的に決めた仮名遣」でした。



http://osito.hatenablog.jp/entry/2011/11/29/082017



小学校で刷り込まれた日本語が正しいと思ひ込む危険性を昭和21年のGHQによる公布を知ると気づくことが多い↓






デファクトスタンダードde facto standard)とは、
「事実上の標準」を指す用語である。
de facto はラテン語「事実上、実際には」を意味する。


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私事ですが、

今後は旧漢字はやめて、正仮名遣ひを覚へやうと思ひます












by mantaiya | 2019-05-01 06:13 | 思想 | Comments(0)

デファクトスタンダード(de factostandard)




デファクトスタンダード(de factostandard



Q:現代仮名遣のどこが気に入らないの?


A:永年使はれてきた歴史的かなづかひを簡單に捨てて、その後より改善された假名遣が來ると思ひきや殘念な部分も多く、しかもそれらが國語學者たちの長い檢討と討論の末決つたり、國民の意見を聞いたり等ではなく、一部の表音主義者(言葉は發音通りに書くべきとする人)が密室で非民主主義的に決定して、あたかも「クーデター」のやうに變つてしまひ、簡單に戻すことが不可能になつてしまつたことです




Q:舊字舊かなは軍國主義的な政府による押つけで、現代かなづかいは「みんなが使いやすい日本語」を民主主義的に採用した良い改革だったのでは。



A:意外にも事實は全く逆です。舊字舊かなは「デファクトスタンダード(de facto standard)」つまり政府の命令ではなく民間から發生した事實上の標準になり、長い年月を掛けて釀成されてきた國語を、明治政府が追認・整理したものでしたが、新字新かなは、それを簡單に捨てて、政府が一方的に決めた國語を國民に使はせたものでした。歴史的假名遣は法律で全面禁止されたわけではありませんが、日常生活で現代仮名遣を使はざるを得ない状況に追ひ込まれたり、(丁度韓國で漢字を讀めない世代を作り出す教育がなされたのに似て)舊字舊かなを讀めない世代を作り出す學校教育によつて、現役の國語表記としては絶滅寸前まで追ひやられたのです。

















by mantaiya | 2019-01-21 07:55 | 思想 | Comments(0)

「中途半端な二ヵ国語使用者」という家族との会話や意思疎通もままならなくなるお子さんもたくさん見てきました。

家族との会話や意思疎通もままならなくなるお子さんもたくさん見てきました。ちなみにセミリンガル/ダブル・リミテッドは「中途半端な二ヵ国語使用者」という意味です。2018年1月16日 火曜日◆日本育ちの子をインターナショナルスクールに入れるのは愚の骨頂だ 1月16日 西宮凛日本で日本人の家庭に生まれながら、インターナショナルスクールに入れる。それは経済的にも余裕があり、「子どもにインターナショナルな感覚を持たせたい」という思いを抱く家庭ならではのことでしょう。しかし自らが海外で育った帰国子女でもあり、同時通訳者として働きながらアメリカの大学院で英語教授法の資格を取得し、多くの「早期英語教育を求める保護者」と「大人になってからきちんとした英語を学ぼうとしてきちんと身につけた大人」を見てきた私は、声を大にしていいたいのです。「日本に生まれ育ちながらバイリンガルに育てたいのなら、絶対にインターナショナルスクールには入れないほうがいい」と。母国語で考えることが最重要日本人が算数が良くできる理由の一つを紹介しましょう。1、2、3、4、5、6、7、8、9、10を3秒以内に、数字をきちんと耳で誰もが認識できる速さでだーーーーっといえることです。では、英語で同じように、1~10まで言ってみてください。One, two, three, four, ……日本語に比べてなんと時間がかかることでしょう。これは、英語の教育ではone, two, three, … をスぺリングから数字に入ってしまうからなのです。この速さが、算数の四則計算に始まり、基礎力から応用力への発展への理解力スピードにも関係していきます。日本語での教育に素晴らしいところが十分あると理解していただけたらと思います。では、言語習得能力についてのことを説明していきましょう。一番大切なのは「絵本の読み聞かせ」日本では、7歳から基本的に読み書きの習得、識字教育が始まります。この7歳までに子どもにたくさんの本を読ませるということがとても大切だと私は思っています(理想的には10000冊という説もありますが、繰り返し読むことも含めてできる限りでいいと思います)。0歳からスタートして、お母さんやお父さん、周りの人たちが毎日子どもに読み聞かせをすることで、耳から、目から、自然に子どもが言葉に触れるので、言葉に対する感性が身につきます。そうして生まれたころから「文字」に目と耳で触れてきた子どもは、おそらく、文字を書く道具が周りにあれば3歳くらいから、ひらがなをしっかり目で追い、自分でも書きたがるようになります。それまで耳と目だけで入ってきた言葉が、文字で立体的に繋がっていきます。就学年齢になる7歳から学校に入り、ひらがなの正しい書き方を学び、国語を体系的に学ぶことで、一気に子どもの知的好奇心は深まります。それまで受け身だった読み聞かせから、文字と言葉に対する理解が深まることで、その先にある楽しさに能動的に取り組むようになります。本を読むこと、文字を書くこと、そして起承転結を捉えること、日本語の文章に「はじめ・中・終わり」というまとまりがあることを理解し、自分の思いを正確かつ適切に伝える行動を段階的にできるようになっていきます。文章のまとまりを読み取ることができると、国語のみならず算数、社会、理科などの他の科目も、また具体物に対する理解もどんどん深まります。このようなやり方を7歳から10歳までに深めておくと、10歳くらいで手に触れることのできない抽象物への理解ができるようになるのです。ちなみに、目に見えないもの、人の感情や目の前で起きていない事象を深く理解でき始めるのは10歳以降と言われています。言語獲得で特に大切なのはこの幼少期から思春期までの限られた時期であり、「言語習得の臨界期」に言語に触れることが一番の近道とする仮説は、1967年に研究者レネバーグが打ち出しました。その後も様々な研究が続けられています。無理なインターは「セミリンガル」になる近年「英語獲得は早い方がいい」という学校現場での取り組みも熱を帯び、また「だから小学校からインターナショナルスクールに入れれば、英語のネイティブになるでしょう」とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。でも日本に住み、日本の家族と暮らしている場合、最初に母国語(L1言語と言います)ができなければ、第二カ国語(L2言語)をマスターし、両方の言語を自由に操作出来る「バイリンガル」にはなりません。英語をある程度話せるようにはなりますが、日本人として使えるべき日本語が不自由になってしまいます。また、近年外国人が日本にも増えてきたとはいえ、日本で学ぶ英語はどうしても「外国語」であり、「第二ヵ国語」ではないことにも注意をしたいものです。1 本を通して就学年齢に到達する7歳までにできるだけ多くの母国語に親しませる2 就学年齢である7歳から10歳までに正しい母国語を学び、具体物の理解を進める3 10歳から抽象物の理解を深めていくことができるように、日本語の文章構造の理解を深めるこの3つを受けて初めて、母国語を駆使して物事を理解し、他の言語システムを理解し、他文化、多様性の理解をでき、グローバルに活躍できる人材になる一歩を踏み出せるのです。「これからの時代は英語が出来たほうがいい」とか「大人になった時に困らないように」という理由だけで、日本で生まれ育ったお子さんをインターナショナルスクールに入れている場合ではありません。私の尊敬する同時通訳者の諸先輩方も、インターナショナルスクールにいきなり通わせる前に大切なのは、母国語である日本語の習得、と口を揃えておっしゃっていました。それくらい本末転倒なことなのです。例えば、両親共に海外育ちであるとか、赴任帯同によりお子さんが海外の英語環境で育った等のバックグラウンドがある等の場合には、英語がそのお子さんの核となる言語になっているのでその方がお子さんにとっても幸せだと思います。ただそのような場合にもご家庭で日本語力の維持、特に漢字を読ませることにはみなさん努力していらっしゃるはずです。バックグラウンドなしでインターナショナルスクールに入れるのであれば、セミリンガル/ダブル・リミテッドまっしぐらです。家族との会話や意思疎通もままならなくなるお子さんもたくさん見てきました。ちなみにセミリンガル/ダブル・リミテッドは「両方の言語において年齢に応じた言語習得度に満たない中途半端な二ヵ国語使用者」という意味です。もちろん中には、2つの言語を同時期に習得し、二か国語を母語とする話者や「バイリンガル脳」を持つ方もいて、その研究も行われています。しかし一般的に日本で日本人の家庭に生まれたお子さんについては、母国語を習得し、母国語で論理的に考える力があるからこそ、バイリンガル、トライリンガルになる下地が出来ると考えます。母国語を習得し、母国語で論理的に考える力があるからこそ、バイリンガル、トライリンガルになれるのです。(後略)

(私のコメント)「株式日記」では、日本の英語教育について批判をしてきましたが、子供の時からのバイリンガル教育は非常に危険だ。小学生くらいの時に本格的英語教育をしてしまうと、それだけ日本語教育がスポイルされるから、小学生の頭が混乱して日本語も英語も中途半端になり、どちらで考えるべきか混乱してしまうのだ。だから英語教育は中学生から初めて選択科目にして受験科目から外すことだ。そうしないとますます英語嫌いがひどくなってしまう。語学は集中的に学ぶべきであり、専門学校のようなところでやるべきであり、だらだらと10年間も英語教育をしても上手く行くはずがない。「株式日記」では、英語教育よりもAIによる翻訳機能の発達で、一般人レベルならスマホに同時通訳させたほうがいいのではないかと書いてきました。英単語を一つ一つ覚えるのは大変な作業であり、それよりも仕事を通じて必要性に迫られて学んだほうが身につくようだ。バイリンガル教育は、語学的才能がある人にはできても、誰もができることではない。無理にバイリンガル教育をしてセミリンガルにしてしまう。麻生元総理にしても長期の海外留学で英語が話せるようになったが、漢字が読めなくなってしまった。漢字は非常に複雑で私もパソコンで日本語を書いていると漢字を忘れてしまうほどだ。読めるけれど書けなくなってしまう。日本語の作文にしても、学校で習いますが何を言っているのかわからないような文章を書く生徒がたくさんいます。日本語ですらそうなのだから、英作文など出来る訳がない。それよりも日本語の作文を徹底的にマスターして、機械翻訳された文章を読みやすい日本語に直すような作業が必要になる。英語の発音に関しては、日本人だけではなく英語を母国語とする人でない限り完璧にできる人はいない。アメリカ人にしてもイギリス人にしても話す英語の訛りによってどこの出身かわかってしまう。だから国際英語と割り切って、ジャパングリッシュと割り切ったほうがいい。


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英語の勉強は決して否定しないが、中學校からで十分ではないでせうか。それも英會話中心よりも讀解力を附けることです。江戸時代の侍が英米相手に植民地にもならずに對等に交渉出來たのは優秀な日本人が多かつた事と彼等は中國語會話は全く出來なくても四書五經と云ふ中國の最高レベルに高度な思想を讀み下し文で中國人以上に理解したからではないでせうか。日本人も歐米のトップレベルの學術書が理解出來る學生を育てるべきで日本の子供達に小學校から英會話を強要するべきではない。米國の植民地政策に取り込まれるだけだと考へます。
政府も文部科學省の役人もわが子の教育は守つてくれない。米國の言ひなりです。
テレビのCMも電車の中の廣告も英會話をすることがカッコいいと云ふ米國のプロパガンダの洗腦による)宣傳ばかりで日本語の美しさを認めてゐない。日本人が日本語を愛さなくなつたら終はりではないだらうか。我が子は兩親が正しい情報を手に入れて守るしかないのです。



「中途半端な二ヵ国語使用者」という家族との会話や意思疎通もままならなくなるお子さんもたくさん見てきました。_d0335577_08435661.jpg


↑日本語がまつたく話せないカズオ・イシグロ氏
顏は黄色人種の東洋人だが、英語しかしやべれない、書けない。
將來の日本人も彼のやうになると思ふと胸が痛む。
哀れと云ふか、氣の毒と云ふしかない
彼の祖國つていつたいどこの國なんだらうか?
イギリス人か?
俺はこんな顏をしたイギリス人にはなりたくない。

彼が中國語を話せば中國人だと思ふし、

韓國語ならば韓國人、

日本語ならば日本人だと區別が附くが

英語しか喋れないのならば

どこの國の人かは判斷出來ない。

それほど母國語は祖國を判斷する基準となる

大切な要素なので

安易に幼少期に米國の言語を學ぶことは

拒否すべきなのだ。













by mantaiya | 2018-01-16 21:12 | 思想 | Comments(0)

英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄(祥伝社新書)




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Amazonのコメント欄より

投稿者 Edgeworth-Kuiper Belt
英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄(祥伝社新書)
2014年5月9日に、共同通信社発の報道で、本書は翻訳者の意志によって著者として名前が挙がっているストークス氏の意図とは異なる捏造が記載されているという報道を確認しました。

良い本だと思いましたし、多くの方もそのように考えているということを投票状況によって理解していました。しかし、著者として名前を出している方への直接の取材によってそのような断定がなされて捏造が含まれていると認定された以上、どんなに良い内容であっても推薦することはできないと考えてレビューを取り下げました。

ところが、本日、祥伝社のWEBに、日本語(翻訳文)と英文(ストークス氏自身のもの)でストークス自身による署名付きのメッセージとして、実はこの共同通信社の報道の方が誤りであることを確認しましたので、本レビューも再掲載いたします。

尚、本書のレビューからは離れますが、このようなことがあったのでひとこと書きます。今回の報道とストークス氏自身の発表を照合して確認する限り、以前からいろいろ言われているように、共同通信社の一部記者はマスメディアとしての責務を担うべき適切な資質を本当に有しているのか、強い疑念を抱きます。思想や言論の自由のある国ですから、右だろうと左だろうと、自らが正しいと思うことがあればきちんと堂々と主張すればよいのですが、世間の報道機関への信頼を逆手にとったこのようなやり方には賛同できません。

------------ ここから

5つ星のうち 4.0 欧米の一流報道機関のジャーナリストを長年務めた英国人の視点, 2013/12/4
By Edgeworth-Kuiper Belt

「私は日本が大英帝国の植民地を占領したことに、日本の正義があると思った。それを戦後になって、まるで戦勝国が全能の神であるかのように、日本の罪を裁くことに違和感を感じた」。

イギリス人ジャーナリストの立場から、それぞれの国から見た太平洋戦争の正義の意味が異なることを指摘し、日本はどのように歴史と向かい合い、「戦後レジームからの脱却」を位置づけるべきかについての自説を述べた本。著者は『フィナンシャル・タイムズ』『エコノミスト』の東京特派員、『ロンドン・タイムズ』『ニューヨーク・タイムズ』の東京支局長を務めてきた経歴を持つ。

「侵略が悪いことなら、世界史で、アジア、アフリカ、オーストラリア、北米、南米を侵略してきたのは、西洋諸国だ。しかし、今日まで、西洋諸国がそうした侵略を謝罪したことはない。どうして日本だけが欧米の植民地を侵略したことを、謝罪しなければならないのか」。

日本人は、太平洋戦争で戦った相手というとまずアメリカを思い浮かべるが、実はイギリスがこの戦争をきっかけに失ったものは実に膨大だった。著者が子供の頃に地球儀を使って説明されたという栄光の大英帝国の基盤の要はアジアの植民地であり、しかし、日本の快進撃とともにその数百年の支配が一気に崩れ、その後これらの地域が独立に向かって大英帝国は消えることになった。そこに、日本軍捕虜収容所での英兵の扱いの問題が加わり、イギリスの日本への戦後の国民感情は相当ひどいものであったそうだ。同様に、オランダ、フランス、アメリカもアジアの植民地を失った。著者は、そのような歴史を振り返りながら、引用した上記のようなごく基本的な問いかけを行っている。他にも、南京や朝鮮半島における歴史的争点や、靖国神社参拝といったことについて、著者の見解が次々と書き連ねられている。

50年間の長きにわたって欧米を代表する一流紙の記者であったため、たくさんの有名人に会っていて、その思い出話を披露しているのも本書の特徴である。特に親交が深かった三島由紀夫については多くのページを割いており、三島が命を賭けて伝えようとしていたものを今を生きる日本人に改めて問いかけている。他にも戦後の重要人物が目白押しである。田中角栄、岸信介、安倍晋太郎、中曽根康弘、白洲次郎、麻生和子、シアヌーク、スカルノ、金大中、金日成。例えば、シアヌーク殿下が、みずから日本軍将校を主役にした映画を監督・主演して作って、金日成・正日親子の前で上映して賞賛されたというようなエピソードも登場する。また、駆け出しのころには、後にイギリスの首相になるエドワード・ヒースにも会っているし、戦後日本を世界に紹介する上で大きな貢献を果たしたドナルド・キーン、エドワード・サイデン・ステッカー、アイヴァン・モリスのことも語っている。

これは本文において著者が書いているだけでなく、解説部分において加藤英明氏も全く同じことを書いているが、敗戦国であるという以外に日本が誤解を受けている理由として、日本から正しい情報があまり発信されていない点を上げているのは気になった。現在、日本が中国や韓国から非難を受けているあの時代の論点のいくつかは、元をたどれば日本のメディアが火付け役になっているものだ。また、著者は「日本の主張が、英語で発信されてこなかったことが大きい」とも述べている。
------------ ここまで


最初の投稿: 2014/08/21 18:01:07 JST
iさんのコメント:
一応、ストークス氏の話をそのまま写します。

『英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄』に関する各社報道について
                       平成26年5月9日

当該書の各社報道について、問い合わせを頂いておりますが、
あらためて著者の見解を確認した所、以下の様なものでした。
著者からのメッセージを、ここに掲載します。
                       株式会社 祥伝社

1.共同通信社の取材に基づく一連の記事は、私の意向を反映しておらず、誤りです
2.「(南京)虐殺否定を無断加筆、ベストセラー翻訳者」との見出しも、事実ではありません。
3.著者と翻訳者の藤田裕行氏との間で、本の内容をめぐって意思の疎通を欠いていたという報道がありますが、事実と著しく異なります
4.共同通信は、1937年12月に南京で起きた事に関する第5章の最後の2行の日本語訳が著者の見解を反映していないと報じています。共同通信は、問題を針小棒大にしていま
 著者の見解は、「いわゆる『南京大虐殺』はなかった。大虐殺という言葉は、起きたことを正しく表現していない。元々、それは中華民国政府のプロパガンダだった」というものです
5.本書に記載されたことは、すべて著者の見解です。祥伝社と著者は、問題となっている2行の記述についても訂正する必要を認めません。

                     ヘンリー・スコット・ストークス

http://www.shodensha.co.jp/kokuchi/kokuchi.pdf
一字一句、そのままです。
とおりすがりさんのコメントにあったので。

共同通信の記者は酷いですね。



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殘念なことであるが、
上記の行爲により共同通信社もアメリカのプロパガンダ機關だといふことが判る。















by mantaiya | 2017-07-27 09:41 | 思想 | Comments(0)